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2011年11月20日 (日)

おわりに&あとがき(親指シフト導入記27)

おわりに

 さて、26回に渡って連載してきた「親指シフト導入記」であるが、今回の記事をもって、とりあえず一区切りをつけさせていただくことにしたい。このテーマについて筆者の言いたかったことは、前回までの記事でほぼ書き尽くした感があるからだ。

 思えば最初の草稿を書き始めたのが8月上旬(汗)のことだったから、全ての記事を完成させるまでに3ヶ月近くも要したことになる。

 まあ、これにはちゃんとした理由がある。筆者自身がこの間、親指シフトの初心者から中級ユーザー(もどき)へと急激な変容を遂げており、こうした立場の変化に応じて、書きたい内容やテーマも(当初の見通しを越えて)大きく拡がることとなってしまったからだ。(注)

 (注) 実は草稿を書き始めた時点では、筆者はキーの配列こそマスターしたものの、(まだJapanistを導入する前だったこともあって)NICOLAの真の操作性を体感するには至っておらず、親指シフトの効用に対してどちらかというと懐疑的な立場にいた。
 当然、記事の内容もシニカルな視点から構成するつもりだったのだが(こうした構えは最初の方の記事からうかがえると思う)、お盆前にJapanistを導入し、その操作性に馴染むようになってから、筆者の立場は大きく変わっていった。
 9月過ぎにはNICOLAで入力することの快適さを次第に味わえるようになり、また、その快適さの秘訣がソフトとハードの一体的な運用にあることが分かるに及んで、筆者はすっかりこの操作体系に魅了されてしまった。
 そして現在では、「日本が生んだこの素晴らしい文化をなんとか守っていきたい」とまで思う、熱心な信者?へと化してしまった次第。人間、変われば変わるものである(苦笑)

 最終的に400字詰めの原稿用紙で250枚を越える分量にまで草稿が膨れ上がることとなったわけだが(汗)、(文節変換によって)入力・変換する側から思考が生成していく(逸れていく?)というJapanistによる操作性の効果も、そこには作用していたのかもしれない。(注)

(注)これについては、こちらの記事を参照のこと。

 ともあれ、この「導入記」を書くことでNICOLAの操作性の秘訣を理論的(内在的?)に把握することができ、また(こうした理論的な理解と日々の入力実践とがブログを書く過程で有機的に結びつくことで)筆者の親指シフターとしての成長も促進されることになったと思うから、結果オーライというところであろう。(注)

 (注)日々の実践を記録することの重要性については、こちらの記事も参照。

 最後に、親指シフト(NICOLA)について筆者が今どうしても述べておきたいことについて、命題形式でまとめておくことにする。

  • NICOLAは専用キーボードとJapanistの3点セットで運用することを宗とすべし(特に初心者は。擬似環境での運用は、中級者になってから考えても遅くはない)
  • 入力スタイルだけを取り出して、その優劣を云々することにはあまり意味がない(どんなに優れた配列であっても、IMEやキーボードとの相性が悪ければ、操作性はガタ落ちしてしまう)
  • 初心者は、適切な順番で入力練習を行なうこと(Japanistの操作法の習得から始める。「はときいん」は後回し)
  • 習得過程における失敗や迂回は、よりよき習熟のための糧となる(筆者の場合、習得過程でだいぶ遠回りをすることとなったが、あの迂回がなければ「JapanistとやまぶきRの併用」という新機軸にたどり着くことはなかっただろう)
  • NICOLAは「魔法の杖」ではないが、うまく使えば知的生産を助ける心強い杖になる。
  • NICOLAを使えるかどうかが重要なのではない。大切なのは、NICOLAを使って何をなし遂げたか、である。
  • (専用キーボードとJapanistを含めて)親指シフト入力は日本が生んだ素晴らしい文化の一つであり、今後とも多くの人々に使われて然るべき有益な文化である(博物館行きにするにはまだ早すぎる)

 なにやら最後の命題だけ仰々しい主張となっているが(笑)、これが現在の筆者の偽らざる心境なのだから仕方がない。

 その他の命題についても、これまで何度も言及してきたことばかりだが、本当に大切なことはどんなに強調してもしすぎることはないと思うので、あえてもう一度書くことにした次第である。

 さて、(あしひきの山鳥の尾のしだり尾のように)長かったこのシリーズも、ようやく幕引きの時を迎えたようだ。

 この一連の記事が少しでも多くの(未来の)親指シフターの役に立ってくれることを願って、筆を置かせていただくことにする。ご精読、ありがとうございました。

 (了)

…………………

あとがき

 というわけで、久々の長編シリーズ、いかがだったでしょうか?

 世間がタブレットだスマートフォンだと騒いでいるこのご時世に、親指シフトというある種「終わコン」と見なされても仕方のないツールについて、かくも膨大な記事を書いている自分のズレっぷりには、ほとほと呆れかえるばかりです(汗)

 ただ、「キーボードで文章を書く」という習慣自体は今後も廃れることはないと思われますし、ただ「はやらない」という理由だけで本質的に優れた文化が廃れていく近年の風潮に(たとえ微力ではあっても)抗いたいという気持ちもあって、このような文章をしたためてみた次第です(偏屈な奴だとお笑い下さい)

 さて次回からの記事ですが、何を書くかは現時点ではまったく決まっておりません。ただ、個人的にしばらく忙しくなりそうなので、「近況報告」ないし「つぶやき」的な短めの記事が断続的に続く形になるかとは思います。

 親指シフト関連についても、書きたいことがあればもちろん記事にするつもりですが、現時点では書きたいことはほぼ書き尽くしてしまいましたし、なにしろあまり新しい動きが期待できない分野ですので(苦笑)、当面は休業状態が続くことになりそうです。(注)

 (注)ただ、Japanistの64bit版が来年あたりにも出そうな雰囲気ですので(まだ確定はしていませんが)、もし製品版が発売されたら、そのレビューはぜひ書きたいなとは思っています。

 以上、今後の予定について報告させていただきました。それでは、(いつになるか分かりませんが)次回の記事までご機嫌よう。

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