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2011年11月17日 (木)

完成度の高さとその逆説(親指シフト導入記24)

1 アナログな使用感

1・1 指が成長する?

 親指シフト入力の快適さについて、「指がしゃべるような感覚」と評した人がいる(こちらの語録を参照)。

 筆者の場合、まだその境地にまでは達していないが、NICOLAで文書を作成する経験を積むにつれて、キーを打つ指(手)が次第に成長していくような不思議な感覚に捕らわれることはあった。

 もちろんこれは、筆者自身の認知=身体システムが新しい入力モードに馴染んでいくプロセス(の一部)が意識化された効果なのだろう。

 また、Japanistの入力予測辞書の学習効果も、かなりの影響を及ぼしているものと思われる。(注)

 (注)入力予測候補は使用頻度の高い文字列から列挙される(辞書に掲載される)仕組みになっているため、使い込めば使い込むほど予測の精度が上がることになる。
 これによって入力が相当スムーズになる(打鍵数を省略できる)ので、そのことをもって筆者の主観では「指が賢くなった」と感じられたのかもしれない。

1・2 アナログな感覚

 いずれにせよ、冷静に考えればごく当たり前の適応現象に過ぎないわけであるが、それでもコンピューター関連の操作でこうしたアナログな?感覚を味わうのは珍しい。

 腕利きの職人さんの作った道具は使えば使うほど手に馴染んで使いやすくなるが、これと相通じるものを、NICOLAやJapanistの操作には感じるのである。(注)

 (注)特にJapanistについては筆者の知らない裏技がまだまだありそうで、それらをマスターすればさらに「指が賢くなって」いきそうな予感がする。

2 温もりある操作性の背景

2・1 ソフト・ハード・入力スタイルの三位一体

 NICOLAのこうした使い勝手の良さは、(繰り返し述べているように)専用キーボードとJapanistの支えがあってのことである。

 NICOLAの指遣いとJapanistの変換操作のシームレス性については以前も指摘したが、ソフトとハードと入力スタイル(システム)の「三位一体」的なあり方こそが、上記のような温もりある操作性?の秘訣なのだろう

2・2 ワープロ專用機次代の恩恵

 興味深いのが、こうした操作性の礎が築かれたのが、ワープロ專用機時代のことであった点。当時はまだ漢字処理システムも確立されておらず、白紙に近い状態から開発を進めなければならなかったはずである。

 だが、それがかえってよかったのかもしれない。

 先例のないプロジェクトだったからこそ、各部門の担当者が緊密にコンタクトを取り合い、ソフトとハードと入力様式を一から一緒に練り上げていくことで、あのように高度な操作性が獲得されることとなった…。そう考えられるからである。(注)

 (注)その開発過程は、かつて職人たちが工房で協同して作品を作り上げていった姿を彷彿させる。

 また、彼らは日本語ワープロの世界においてはパイオニアに相当するわけであるから、後年のように先行製品との互換性や差異化といった問題に頭を悩ませる必要はない。「快適に日本語を入力できる装置をどう構築すべきか」ということを最優先に考えて、開発に当たることができたはずである。

 こうした当時の状況と関与した技術者たちの創意工夫とが化学反応を起こすことで、ソフトとハードと入力様式が高度に統合された独創的な製品が生み出されることとなったのだろう。

3 完成度の高さとその逆説

 しかし、ワープロ專用機としての完成度があまりにも高かったことが、その後のOASYS、及び、親指シフトの命運に影を落とすことになろうとは、開発者たちも予想だにしなかったに違いない。

3・1 他社の逡巡

 まず、ワープロ專用機時代(1980年代)に他社が親指シフト製品を開発するケースはきわめて少なかった。

 その理由についてはいろいろと言われているが(注)、筆者自身はOASYSの完成度がなまじ高かったことが、他社の参入を妨げたのではないかと邪推している。

 (注)これについては、ウィキペディアの記述や開発の中心人物だった神田泰典氏の弁を参照。

 すなわち、親指シフト市場に参入しようにもOASYSの完成度を越える製品を開発する自信や余裕が他社にはなかったため、「アンチ親指シフト」的な立場を押し出さざるを得なかったというわけだ。

3・2 官庁の壁

 また、JIS規格化が叶わなかったことも響いたようだ。官公庁や学校では、特定企業が権利を保持し、かつJIS規格でない製品は、その性能とは関わりなく採用しにくい雰囲気があったそうである(現在もそうなのかもしれない)(注)

 (注)なお、富士通の親指シフト配列が新JISキーボードに採用されなかった経緯については、こちらを参照のこと。

3・3 パソコンの普及

 しかし決定的だったのは、90年代におけるパソコンの普及であろう。これによってワープロ專用機は市場のシェアを失っていく。

 また、ソフトとハードの分離が進行し、ワープロは多くのソフトのなかの一部門というポジションへと押し込まれることとなった。

 結果、ワープロ專用機としてのOASYSの機能は、現在、専用キーボード(ハード)とJapanist(ソフト)に分離する形で、富士通製品に細々と繼承されるに至っている。(注)

 (注)なお、親指シフトという入力スタイルは早い段階で富士通の占有物の立場を離れ、NICOLA規格として一般に公開されている。

3・4 ガラパゴス製品の走り?

 このようにOASYSの歴史を振り返ると、(ハード・ソフト・入力スタイルが一体となった)ワープロ專用機としての完成度の高さが、他社の参入やパソコン時代への適応の足かせとなるという、(社会学でいう)「意図せざる結果」の事例を見て取ることができる。

 あるいは、ある時代や状況に最適化しすぎると、別の時代や状況に適応しにくくなるという「ガラパゴス化」の事例の一つ(走り?)とも言えるのかもしれない。(注)

 (注)ただし、(ワープロ專用機の)OASYSの方向性が間違っていたとは、筆者にはどうしても思えない。
 道具というものは本来、人間の動作に合わせて作られるべきものであって、人間の方が道具に過度に合わせなければならないというのは、どこかおかしい。以前、そのようなことを書いた。
 この伝で言えば、日本語入力装置という道具も、まずは使用者(日本人)の使用目的(日本語入力)に即したソフトとハードの開発を最優先すべきであって、互換性を重視するあまり、最初からできあいのもの(たとえばアメリカ発のOSやキーボード)の使用を前提として製品開発を行なうのは、なにか間違っているように思うのである。

4 暫定的な結論

4・1 本質的に良いものは残っていく

 いずれにせよ、OASYS、ないし、親指シフト製品の品質に本質的な欠陥があったわけではないことは、繰り返し強調しておいた方がいいだろう。

 いまだにOASYSの操作性を引き継いだソフトやハードが(少数とはいえ)売れ続けていることが、その事実を物語っている。

 そう、たとえ市場競争で大勝ちできなくとも、本当に良い製品には必ず一定の支持者はつくものなのだ(かつてCDの普及によって絶滅すると思われたアナログ・レコードが、近年、再び売れ出していることを想起されたい)

4・2 三位一体での運用を

 だからこそ筆者は、NICOLAと専用キーボードとJapanistの三位一体での運用を強く推奨するのである。それがNICOLA(親指シフト)の本来の操作性を保証するスタイルであるからだ。

 現在は、Japanistをローマ字入力で使用したり、NICOLAをJISキーボードで利用したりといった親指シフターも増えてきているようだが、彼らは本来の半分程度の操作性しか体感していない可能性が高い。

 初心者に限らず、3点セットでの操作性を体感したことのない親指シフターにこそ、三位一体での運用の導入を強く勧めたいと思う。たとえ「富士通の回し者」と言われようとも(笑)、「良いものはやはり良い」のだから。(注)

 (注)もはや富士通製品を推すことをためらうことに何の意味もないことについては、こちらの記事を参照のこと。

 (以下、次号)

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