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2011年11月15日 (火)

NICOLAが知的生産に及ぼす影響について(上)(親指シフト導入記22)

1 縦書きとの相性は?

1・1 きっかけ

 もともと筆者が親指シフトを導入しようと思ったきっかけは、縦書きモードでのローマ字入力に違和感を覚えたことであった。詳細はこちらの記事に当たっていただきたいが、要はこういうことである;

  1. ローマ字入力というのは元来、横書きを前提とした認知・身体システムに依拠している。
  2. そのようなスタイルで縦書き入力を行なおうとすると、縦書きの執筆&解読に(本来)要求される認知・身体システムとある種の干渉を起こしてしまうらしい(そのことが、件の違和感を引き起こすこととなる)
  3. したがってこうした干渉を避けるためには、縦書きに適した入力スタイルを採用すればよい。
  4. もともと日本語は縦書きを前提として発展してきたわけであるから、日本語の読みをそのまま入力する「かな入力」なら、縦書き表示にもうまくフィットするかもしれない。
  5.  しかも、JISかな入力よりも高速とされるNICOLAをマスターすれば、件の違和感が解消されるばかりか、入力速度も速くなって一石二鳥だ…

 とまあ、こんな打算もあって(笑)、親指シフトの世界に足を踏み入れたというわけである。

1・2 実際の相性

 では、親指シフトと縦書きの相性は実際のところどうなのであろうか?実はこの件について、筆者はまだ明確な答えを出すことができない。というのも、NICOLAで縦書き入力する経験をまだあまり持てていないからである(汗)

・違和感の解消

 ただ、その少ない経験から判断する限りでは、NICOLAと縦書き入力との相性はかなり良さそうである。少なくとも、縦書きをローマ字入力で行なっていたとき感じたような違和を覚えることはほとんどなかった

 入力行為にまつわる一連のプロセス(「認知→入力→表示→解読→認知→入力…」という形で循環・生成していくプロセス)から、「アルファベットの入力」という遠回りの工程が省かれることで、よりスムーズな認知処理が可能となったからなのかもしれない。

・縦書きから縦書きへの変換が容易に

 また、これは五十音の練習をしていたときから感じていたのだが、縦書きの文書から抜き書きや引用をするようなケースでは、横書きで行なうよりも入力がスムーズになるように感じられた。

 これについても、入力の際に横書きモードへと認知システムを変換する工程がなくなったことが、大きく影響しているように思われる。(注)

 (注)もちろん、横書き文書からの引用や抜き書きを行なう場合は、横書きモードで入力した方が望ましいことは言うまでもない。

・課題

 このようにNICOLAと縦書きの相性は極めて良さそうなわけだが、強いて難点を挙げるとすれば、Japanistの入力予測候補の表示がやや鬱陶しく感じられることだろうか。

 横書き時(下に表示)には何も感じなかったのに、縦書き時(左に表示)には鬱陶しいのは、単なる慣れの問題なのか、それとも空間把握の認知メカニズムに根ざす問題なのか、現時点では判断できない(おそらく、その両方だと思うが)

 この問題ついてはもう少し経験を積んだ上で、改めて考察し直してみたいと思っている。(注)

 (注)なお、文書作成に際して縦書きがはらむ視界性の問題については、こちらの記事も参照のこと。

2 文章作成に及ぼす影響

 次に、NICOLAでの入力が文章の作成にどのような影響を及ぼすかについて、筆者自身の経験をベースに考察していきたいと思う。

2・1 疲労度の減少
・執筆量の増加

 NICOLAでスムーズに文章を入力できるようになってから二月あまりになろうとしているが、現在のところ、産出される文章のスタイル(文体)や内容に大きな変化が生じている形跡はない。

 ただし、別の面で大きな変化はあった。それは書く文章の量が明らかに増加したことである。

 たとえばこのシリーズ(親指シフト導入記)の書き始めからの文章量は、400字詰め原稿用紙に換算して既に200枚を突破している(最終的には250枚近くになるかもしれない…(汗))

・大量の文章を書いても疲れない

 これまでも当ブログではこうしたシリーズものはいくつか書いてきたが、原稿用紙で100枚程度が関の山で、かつ全てを書き終えるころには疲労困憊のありさまだった(笑)

 ところが今回はこれだけ大量の文章を書いているのに、以前よりも明らかに疲労度が少ないのである(それどころか、書く余力はまだまだ残っている)。この点については、やはりNICOLAの効用と見なすべきなのであろう。

・NICOLAが売りにすべきこと

 親指シフトとローマ字入力の打鍵数の差が及ぼす影響は、短文ではあまり認識されない。しかし、長文になるにつれてその差は心身に深く蓄積されていき、最終的には「明確な疲労度の違い」という形となって表に現れることとなる。

 NICOLAの最大のメリットが(入力速度よりも)長文執筆時における疲労度の少なさにあることは、もっと周知徹底されてもいいだろう。

 ただ、こうした累積効果は、初心者や未学者にはなかなか伝わりにくい(実感しにくいから)。このメリットを周囲の人々にどのように伝えていくかが、NICOLAを普及させる上での大きな課題となるように思われる。

 なにか良いアイデアがあればぜひ、ご一報いただきたいところである。

2・2 文章の饒舌化と編集作業の必要性
・くどくなる文章

 さて、このように長文を書いても疲労度が少ないということは、書き手にとっては大きなメリットである反面、ある問題も浮上させる。それは、文章が饒舌になりやすいということである。

 なまじ入力していても疲れない分、これまでだったら省略していたかもしれない文言をつい付け加えてしまったり(このような形で(笑))、説明や描写がくどくなってしまったりといったことが生じがちなのだ。(注)

 (注)そういえば、他の親指シフターのブログやHPも、文章量の多い記事やページがやけに多かった気がする…。いや、これは筆者の思い込みか(笑)

 もちろん、文章が饒舌になること自体が悪いのではない。あるテーマについて深く追究していけば、自ずと記述が細かくなって分量も長めになってしまうものである。また、筆者の熱意と文章の長さは概して正比例するものでもあるだろう。

 とはいえ、どんなに熱意を込めて書かれたものであっても、その分量や饒舌さが読者を遠ざけてしまうのであれば、それこそ本末転倒というものである

・編集作業の必要性

 したがってNICOLAで文書を作成する場合は、文章が過度に饒舌化して読者のリーダビリティを落とさないためにも、推敲や編集といった作業が重要になってくる。

 すなわち、不必要な箇所は思い切ってカットしたり、読者が読みやすいよう構成や表示形式を工夫するなどの作業が、より強く求められることになるわけだ。(注)

 (注)ネット上で公開する文章については、こうした作業の必要性がさらに増すこととなるだろう。

 むろん、ローマ字入力で文書を作成する場合も、こうした編集作業が不可欠なことは言うまでもない。

 ただNICOLAで執筆する場合は、入力作業が疲れにくい分、編集作業により多くの力を注ぐことができる。つまり、執筆に要するエネルギーをうまく有効活用することができれば、文章の質的な向上に繋がる可能性も出てくるわけだ。

 筆者自身、これまで編集作業にはあまり力を入れていなかった(書きっぱなしのきらいがあった)だけに、自戒と期待を込めてこの件について書いた次第である(と言っている側から、はなはだ饒舌な文章となってしまった…(苦笑)

 (以下、次号)

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