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2011年11月10日 (木)

習熟過程についての理論的考察(親指シフト導入記17)

 前回まではNICOLAを習得するための具体的な方法や手順についてあれこれ検討してきた。今回はより抽象的・理論的な視点から、親指シフト(及びローマ字入力)の習得過程について考察することを試みたい。

 この考察が、親指シフト(NICOLA)に対する初心者や未学者の忌避感(敷居が高いなという印象)を少しでも和らげることに繋がってくれたらいいのだが…

1 習熟パターンの主観的認識モデル

 下の図1は、ローマ字入力とNICOLAの習熟パターンを図示したものである。ただし、ここで注意しておきたいのが、これが「実際の習熟プロセスをモデル化したものではない」ということ。

 この図が表しているのは、「こんな感じでローマ字入力/親指シフトをマスターしていくのだろうな」と初心者や未学者が漠然と思い浮かべているであろうイメージ(を筆者なりにイメージしモデル化したもの)である。

 要は、習熟過程についての初心者ユーザーの主観的認識(と思しきもの)をモデル化したものだ。

Photo

1・1 図1の読み方

 以下、この図の見方について説明しておくことにしよう。

・マイナスの操作性からのスタート?

 まず、NICOLAの習熟曲線(N)がマイナスの操作性からスタートしている点についてだが、これは

  • 現在では大多数のユーザーがローマ字入力の習得から入る
  • このため、彼らは現時点でのローマ字入力の操作性を判断の基準(原点)としがちである
  • この基準から判断すると、練習を始めたばかりの親指シフトの操作性は(うまく入力できなかったりするので)どうしてもマイナスに感じられてしまう

ということを示している。

・2つの曲線の意味

 また、2つの習熟曲線の形態の違いは

  • ローマ字入力よりも親指シフトの習得に時間がかかる(覚えなければならない字数が多いため)
  • ただし、親指シフトを完全にマスターしたあかつきには、ローマ字入力よりも高い入力効率が得られる(らしい)

というユーザー・イメージを示している。

1・2 立場が変わればイメージも変わる

 繰り返すが、この図は現実の習熟過程をモデル化したものではない。あくまで、人々がこのプロセスについて抱いているであろうイメージをモデル化したものである。

 そして、人々が思い描くイメージは、その人の習熟の度合いによって変わってくる

・ベテラン・ユーザーの場合

 たとえば既に親指シフトをマスターしている人は、NICOLAの習熟曲線(N)をより上方にイメージしがちである。

 とりわけベテランの親指シフターにもなると、操作に未熟だった頃の記憶が薄れかけているため、NICOLAの利得が大きく感じられることだろう。

 すなわち、親指シフトを習得することで失われる作業効率(逸失利益?)(a)よりも、習得することによって得られる便益(b)の方がはるかに大きいと(主觀的には)感じられるわけである(a<b)

・初心者の場合

 逆に未学者や初心者の場合、N曲線をより下方にイメージしがちであると考えられる。殊に練習を始めたばかりのユーザーは、操作ミスも多くなかなかスムーズに入力することができないため、未学者以上にN曲線を下方修正してしまう可能性が高い

 このためこれらのユーザーには、親指シフトをマスターすることによって生じる利得が限りなく小さく見えてしまい(a>b)、最初から習得を断念したり、練習を始めても途中で挫折してしまったりといった行動パターンを取らせることになるものと推察される。(注)

 (注)そもそも、NICOLAに習熟した際の操作性がどのようなものなのか、初期の時点では分かるよしもない。
 このため初心者は、ベテラン・ユーザーの言説を無意識のうちに取り入れ、N曲線を実際以上に上方に見積もるという過大評価をしばしば行いがちである
 その結果、キー配列を覚えても想定していたような「利得(b)」を実感することができず、N曲線のイメージが一気に下方修正されたり(=幻滅)、更には「親指シフトの利得(b)などそもそもないのだ」というところにまで認識が改竄されてしまって、習得意欲を失ってしまったり、とういうようなことも多々、生じていると考えられる。

 このようにこのモデルを使えば、「未学者のためらい」や「初心者の挫折」といった事象の(認知)心理学的背景を、かなりうまく説明することができるだろう。

 それでは、彼らが挫折や断念に陥るのを防ぐためには、どうすればよいのだろうか?その処方箋について考える前に、そのための補助線としてもう一つ別のモデルを立ててみることにしよう。

 「習熟パターンの客観的モデル」がそれである。

2 習熟パターンの客観的モデル

 下の図2は、ローマ字入力とNICOLAの習熟プロセスの「客観的な側面」をモデル化したものである。要は、双方のスタイルを習得していく過程で実際に生じる入力効率の推移を表しているわけだ。(注)

 (注)もちろん、この図は実際のデータを元にして作成したものではなく、筆者自身の経験をベースに構築した「理論上のモデル」である。
 したがって厳密に言えば「客観的なモデル」とは言い難いわけだが、習熟の過程で「現実に起きていること」に焦点を合わせているのと、上記の「主觀的モデル」との対照性を際立たせるために、あえてこの名称を採用することにした。
 なお、図で示されている「入力効率」には、入力速度だけでなく、疲労度の少なさや入力の快適さといった(やや主觀的な)要素も加味されている。作業効率というのは、速度だけでは計れないからである。
 また、NICOLAについては、専用キーボードとJapanistを併用することを前提としていることも、ここで付言しておきたい。

 以下、この図から何が読み取れるのかについて、個別に見ていくこととしよう。

2

2・1 習熟開始時点のズレがもたらす誤認

 まず、2つの習熟曲線の開始時点がずれているのは、「現在は大多数のユーザーがローマ字入力の習得から入っている」という(客観的)事実を反映している。そして、この「出発点のズレ」が、様々な主観的誤認の源となる。

・作業効率がゼロ以下になることはない

 たとえば、親指シフトを学び始めた時点で入力効率がマイナスからスタートするかのように(主観的には)感じられてしまう点については、前節で既に言及した。

 しかし、図2からも明らかなように、現実の入力効率はあくまでも「ゼロ」からスタートするのであって、マイナスから始まるわけではけっしてない。これはNICOLAに限らず、ローマ字入力を習い始めた頃もそうだったはずある。

 ところが、その頃の記憶はほとんど消失してしまっているため、ユーザーは現時点でのローマ字入力の習熟度(それはピークの状態にあるはずだ)を評価基準に設定せざるを得ない。

 その結果、親指シフトでの入力効率があたかもマイナスになってしまったかのように、初心者ユーザーには感じられてしまうわけだ。

・失われた記憶の回復?

 おそらくローマ字入力を習い始めたころも、「手書きに比べて効率が悪い」とユーザーは感じていたはずなのだが、習熟度が上がるにつれてそういった感覚はきれいさっぱり忘れ去られてしまう。

 図2のモデルは、失われたその頃の記憶を(理論的にではあるが)回復させ、NICOLAの習得にまつわる初心者の誤認(=敷居の高さ)を修正するのに役立つことだろう。

2・2 入力スタイルの葛藤にまつわる誤認
・維持されるローマ字入力能力

 また図2からは、

  • 新しい配列の学習を開始しても、ローマ字入力の習熟レベルはしばらくの間、維持される
  • したがって、親指シフトの練習以外の文書をローマ字入力で作成すれば、全体としての作業効率が極端に落ちることはない

ということも見えてくる。

・主観の落とし穴

 もちろん、親指シフトの習得が進むにつれて、ローマ字入力での作業効率が落ちていくことは事実である。2つの入力スタイルに必要な認知=身体システムが互いに干渉して、入力ミスが増えることとなるからだ。

 とはいえ、ローマ字入力での作業効率は(この時点でも)主観で感じられるほど急激にダウンするわけではない。

 日本語の読みを入力するのに(母音以外は)2回キーを打たねばならないローマ字入力の手順が、かな入力に慣れるにつれて次第に煩わしくなり、(実際はそれほど入力スピードは落ちていないにもかかわらず)急激に作業効率が落ちたように(主観の上では)認識されてしまうのである。(注)

 (注)NICOLAの習得に入る前に、ローマ字入力での作業速度を計測しておくと、こうした誤認に捕らわれる可能性を回避できるかもしれない。
 これについては、こちらも参照のこと。

2・3 入力効率の逆転現象について
・N曲線の上昇

 こうした主観的誤認(親指シフトの習得によって作業効率が極端に落ちた)により、NICOLAの習得を途中で断念してしまう初心者も少なからず出てくるのかもしれない。

 しかし、この危機を乗り越えたユーザーは、ローマ字入力の煩わしさから逃れるために、親指シフトでの入力により傾斜することとなるだろう。

 彼らはほとんどの文書を親指シフトで入力するようになり、それによってNICOLAの習熟度は急激にアップしていく。

 その結果、比較的短期間のうちに、ローマ字入力時のピークを上回る作業効率が親指シフト入力によって達成されることとなる。(注)

 (注)ただしこうしたピーク越えは、ユーザーがそれと認識しないうちに達成されているケースが多い。このため、「自分が以前よりも上達したのかよく分からない」という不安定な心理状態に、ユーザーはある程度の期間、晒されることになる。
 こうした事態を避けるためにも、タイピングの速度を定期的に計測しておくことが肝要であろう。客観的な数値の推移を見れば、自分がどの程度進歩したのか明確に意識することができ、それによって習熟意欲もいや増すことになると思われるからだ。

・R曲線の下降と利得の上昇

 一方、ローマ字入力の習熟度は親指シフトのそれと反比例する形でダウンしていくこととなるだろう。もちろん、入力様式の記憶が身体から完全に失われることはないが、使用頻度を意図的に増やさない限り、以前の習熟度へと戻ることはない

 こうして、NICOLAに習熟すればするほど効率面での利得(B)が大きくなり、「ローマ字入力にはもう戻れない」と感じるコアな?親指シフターが誕生することとなるわけである。(注)

 (注)逆に言えば、最初から「(親指シフトとローマ字入力の)両刀遣い」を目指す戦略というのは、ユーザーにとって好ましくないのかもしれない
 せっかく親指シフトの配列をマスターしても、ローマ字入力の操作性を引きずっている限り、N曲線の上昇度とR曲線の下降度は共に鈍化せざるを得ない。
 その結果、NICOLAの利得(B)はなかなか増えず、また親指シフトの操作性がローマ字入力の操作性を大きく上回れない(=Cが肥大する)状態が長く続き、ユーザーのモチベーションを減退させてしまうと考えられるからだ。
 なお、ローマ字入力の操作性を極端に落とさないためのちょっとした彌縫策については、後日、触れる予定。

3 未学者・初心者の学習を促すための処方箋

 以上、ローマ字入力と親指シフトの主観的/客観的な習熟モデルについて、あれこれ検討してきた。この2つのモデルを参照しながら、初心者や未学者の学習を促すための方策について、最後に考えてみたいと思う。

3・1 客観的な習熟モデル(データ)の提示

 未学者を親指シフトから遠ざけたり、初心者を挫折へと誘ったりする要因の多くが、習熟過程にまつわるユーザー・サイドの(主観的)誤認にあることは、これまでの記述からもお分かりいただけたと思う。

 こうした誤認を解いていく方法としてまず挙げられるのは、図2のような客観的な習熟モデルを提示して、ユーザーをこんこんと理論的に説得していくことである。

・導入に伴うコストとベネフィット

 たとえば、多くの一般ユーザーが親指シフトに乗り気でないのは、導入に伴う費用(経済以外のコストも含む)に比べて将来的に見込まれる便益が少ないように感じられるからだろう。

 しかし、図2のモデルを示せば多少はその意識を覆すことができるかもしれない。すなわち、ローマ字入力というのは習得が容易な反面、その作業効率はすぐに飽和状態に達する。おそらくマスターしてから半年もすれば、入力効率のピークに到達してしまうのではないか?

 それに対してNICOLAに習熟すれば、ローマ字入力を使用し続ける場合よりもかなり高い作業効率を確保することができる。

 そしてこの効用(b1)は時間と共に蓄積されていき、十年二十年先には初期の導入コストをカバーしてありあまるだけの利得が得られることになる…

 とまあ、こんな感じで説得(=洗脳?)していくわけだ(笑)

・作業効率は極端に低下しない

 また、「習得に際して一時的に作業効率が落ちるのではないか」という初心者・未学者の懸念についても、

  • トータルでの効率はそれほど落ちない(ローマ字入力の入力効率が当面は維持されるので)
  • 入力スタイルの切り換えの際に一時的に効率は落ちるものの、その度合いと時間はさして大きくない
  • 親指シフトの習得をより効率的に行なえば、効率の下落(図2のCの部分)をより少なく抑えることができる

ということを、図2を使うことでより説得的に払拭することができるだろう。

・客観的データの有効性

 この他、タイピングにかかる時間(=入力効率)等を実測して、そのデータの推移を提示することも、初心者の不安を緩和するのに有効な戦略であろう。

 このように客観的なデータや(それに依拠した)習熟モデルを提示して、地道に一般ユーザーを説得していくことが、(遠回りに見えても)ユーザー層を拡大していくための最短の近道であるように思える。

 一部の熱心なプロモーターだけでなく、一般の親指シフターにもこうした働きかけをぜひお願いしたいところである。

3・2 習熟過程の合理化

 上記の理論的な説得に裏付けを与えるためにも求められるのが、親指シフトの習熟過程をより効率化すること

 習熟曲線(N)のS字カーブがより急になれば、スタイルの切替え時に生じる入力効率の下落(図2のCの部分)も最小限に抑えることができるからである。

 そのための処方箋については、すでに一連の記事の中で書いてきた。主なものをピックアップすると

  1. NICOLAは専用キーボードとJapanistの3点セットで運用すべし
  2. タイプ練習は正しい準備と順番で行なうべし
  3. タイプ練習を終えたら、ローマ字入力は(一時的に)封印すべし

などが挙げられるだろう(詳細については個別に記事に当たっていただきたい)

 このように「正しい準備と手順」で導入を行なえば、練習を開始してからだいたい一月半から二月程度で親指シフトを使いこなせるようになるだろう。入力スタイルの切替えに伴う作業効率の劣化も、最小限に抑えることができるはずだ。

 これからNICOLAをマスターしようとしている方や、以前チャレンジしたが挫折したという方は、ぜひこの手順で学習を進めてみていただきたい。かなりよい結果がもたらされるはずである。(注)

 (注)なお、こうした習得の手順についても、親指シフターの間で意見を積み重ねて、「最適な学習プロセス」というものを早急に確立する必要があるだろう。
 初心者や未学者にとって、そうした指針があると心強いし、学習の励みにもなるからである。

 (以下、次号)

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