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2011年6月 8日 (水)

縦書き表示導入記(8) タイピングの問題

8・1 ローマ字入力と縦書き表示は相性が悪い?

・ローマ字の痕跡

 さて、今回縦書きでのライティングが頓挫したもう一つの理由として、キーボード入力の問題が挙げられるように思う。ちなみに筆者は平凡なローマ字入力ユーザーなわけだが、実際にタイピングをしてみて、どうもこの入力様式と縦書きとの相性がよくないように感じられたのである。

 (通常の)横書き表示で入力しているときは、自分の指がローマ字キーを叩いていることなど、ほとんど意識に上らない。ところが縦書きでタイピングしてみると、なぜかモニターに表示される日本語の背後に、入力したローマ字の痕跡?のようなものを感じるのである。最初は縦書きに不慣れなせいかと思った。しかし、入力場面をじっくり観察しているうちに、事の真相が分かった。それはこういうことである。

・ノイズの正体

 ローマ字入力で子音を打ち込む場合、入力した(子音の)アルファベットが一瞬だが画面に表示される(入力速度を落としてみれば、それがはっきりと確認できるだろう)。その後すぐに母音を入力することでモニターの表示はかな(日本語)に変換されるわけだが、最初のアルファベットの残像はどうしても残る。しかも、それが母音以外の日本語でずっと続くことになるわけだ。筆者が感じた「ローマ字の痕跡」というのは、この残像の連なりのことだったのだろう。

 もちろん、同じ現象は横書きでも生じている。にもかかわらず、ローマ字入力の違和感を横書きモードではあまり感じないのは、日本語とアルファベットの解読方向が一致しているためだと考えられる(ともに左から右へと読んで意味を把握することになるので、視線(認知)の流れがぶれることはない)。

 一方縦書きモードにおいては、日本語と同様、全角英数も90度回転して表示される(ローマ字入力における一打目のアルファベットも同様)わけだが、アルファベットが表示されると一瞬、認知の流れが止まってしまう。これはおそらく、「欧文は左から右へ解読せよ」という横書き時のスクリプトが脳内で作動することで、縦書き処理のスクリプトと干渉が生じ、認知処理が(ごく一瞬だが)止まってしまうということなのだろう。

 このようにふだんは意識されることすらない些細な視覚上のノイズや混乱が、執筆を続けるうちにジワジワと認知システム全体に影響を及ぼすようになり、やがて縦書きでのライティングを断念させるほどの違和感へと膨れあがることとなった…。そのようにも考えられるわけである。

8・2 可能性としての親指シフト

 もちろん、これは現時点での暫定的な仮説に過ぎない。縦書きでのライティングにもっと慣れたあかつきには、上記の違和感が多少は緩和されている可能性もある。

 ただ、どんなにタイピングを高速化しても、ローマ字入力のもたらすノイズ(アルファベットの残像)そのものがなくなるわけではないから、この入力方式をとり続けている限り、縦書きでの違和感が完全に払拭されるということは(おそらくは)ないのだろう。だが逆に、入力方式を変えることによって、縦書き時における認知的・心理的負担が軽減される可能性は十分あり得るわけだ。

 そこで浮上してくるのが「親指シフト」(注)である。周知の通り親指シフトは、最初から日本語のかなを入力・表示させる仕組みになっているから、少なくとも(ローマ字入力に付きものの)アルファベットの残像問題は発生しないはずだ。

 (注)「親指シフト」は1979年に富士通によって考案されたキー配列規格のことを指す。その後、JIS規格化を目指して親指シフト配列の一部を変更したNICOLA(NIHONOGOーNYURYOKU CONSORTIUM LAYOUT)規格が、日本語入力コンソーシアムによって提案された(詳細はこちらを参照)。したがって厳密には両者は区別されるべきものだが、現在ではNICOLAも含めて「親指シフト」と総称するのが一般的であるので、ここでもこの名称を用いることにする。

 また、ローマ字入力に伴う一連の認知=身体的なプロセスが基本的に横書きへとチューニングされているのに対して、親指シフトはそのような横書きへの拘束性から認知=身体システムを(ある程度は)解放することになるかもしれない。(注)

 (注)周知の通り、ローマ字入力に際して我々が打鍵するのは、日本語ではなくアルファベットである。もちろんある程度までタイピングに習熟すると、「ローマ字を打っている」という感覚はほとんど意識に上って来なくなるだろう。ただ既に述べたように、画面では(一瞬ではあるが)日本語に先立ってアルファベットが表示され続けている。つまりサブリミナルのレベルでは、我々は日本語と同時にアルファベットの文字列を見続けていることになるわけだ。
 そして、この「二重の認知」が負担にならないためには、(既に述べたように)解読の方向性(左から右へ)が一致する横書きモードの方が望ましい(縦書きモードでは、欧文=アルファベットの解読スクリプトと縦書き日本語の解読スクリプトとが干渉を起こしてしまう)。こうしたこともあって(あるいは慣習的に)、我々がローマ字入力を横書きで表示させ続けているうちに、我々の認知=身体システムはそれ以外の打鍵・表示パターンに違和感を感じるよう飼い慣らされてしまった…。そのようにも考えられるわけである。
 しかし、「(アルファベットを介在させずに)最初から日本語を入力・表示させる」という親指シフトの実践は、このように横書きへと調律された(あるいはされつつある)認知=身体システムに楔(くさび)を打ち込む可能性がある。正確には、「キーボード入力→表示→解読」の一連のプロセスから「ローマ字の打鍵→表示」の工程が取り除かれることで、より効率的で快適なライティング・システムが確立される可能性が出てくるわけである。

 もちろん、親指シフトを導入していない現時点においては、これはほとんど「妄想」に近いレベルの話であろう。また実際に親指シフトに習熟したからといって、縦書きライティングに伴う違和感が完全に払拭されるという保証もない(縦書きと横書きを解析する、脳機能レベルでの処理様式の差異は残り続けるのだから)。

 ただ、それでも親指シフトは積極的に導入してみるだけの価値があるように思う。ローマ字入力に比べてタイピングのスピードや快適さに勝るというのが通説であるし、仮に思ったほどの効果が出なかったとしても、いいブログ・ネタになることだけは(現時点で既に)確実だからだ(笑)。

 まあ、違和感なくタイピングできるようになるまで少々時間がかかりそうだが、次シリーズで「親指シフト導入記(仮題)」が書けるよう、ネタとなりそうな情報や経験はしっかりとインプットしておきたいと思う。そして、縦書きの環境が少しでも改善されることを(実は秘かに)期待したりしている。

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