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2009年12月20日 (日)

「眠れない三日月」論(2) 新ヴァージョンの詞の生々しさ

2 深みを増した新ヴァージョンの詞

2・1 本人の弁

 では次に、新しい歌詞の検討に移ることにしよう(CDをお持ちの方は、適宜、歌詞カードに目を通していただきたい)。今回の詞について、作者の舞衣子はこんなことを述べている(以下は、スペシャル・ネット・プログラム「裏 ROCK KIDS(前編)」での彼女の発言を起こしたもの):

 「(…)大切な人、愛する人に出会ったときに、今までにない感情が絶対みんな生まれると思うのね。そこで、「好き」と「愛してる」は何が違うのかなって考えるようになって。なんか絶対違うじゃん(メンバー:うん、違う)、でも、それは目に見えるものじゃないっしょ。そのときに何が違うんだろうというのを、もっと深いところをこの曲に書きたいなと思って。ぜひね、大切な人のことを思い浮かべて聞いてもらいたいなと思います(…)」(6分19秒~51秒)
 

引用部の強調は筆者によるものであるが、実際、今回のヴァージョンは様々な点で前作よりも一段「深い」作品になっているように思われる。この点について、以下、詳しく検討していくことにしたい。

2・2 リアリティの深まり
・身体性への言及

 まず、表現や内容の「リアルさ」について。まあこれは「生々しさ」と言い換えてもいいのかもしれないけれど、読者に「“これはリアルだ”と思わせる力」が前作よりもいや増しているように思えるのだ。

 例えば、1番のAメロ・Bメロ部に顕著な「身体性」を感じさせる表現。もちろん前作においても、「右側に感じてた温もり」のように身体性を想起させるフレーズがないわけではなかったが、かなり婉曲な表現になっているため、全体のファンタジックな印象が揺らぐことはなかった。

 これに対して新しいヴァージョンの方は、いきなり二人の身体的な接触を明示するフレーズから幕が開ける。もちろん、こちらの方もかなり「麗しい表現」になってはいるが、主人公と相手との間に肉体的な関係があるであろうことを否応なく読者に想起させるという点で、生々しさの度合いははるかに強まっていると言えるだろう。

・馴染んだ感触

 例えばAメロ後半部の歌詞。この箇所は、正確には「(あなたの)指に絡む(私の)髪を 今はそのままで」になると思うのだけれど(逆だと不自然な体勢になってしまう)、そのシチュエーションがまず生々しい(笑)。体勢的に言って、相手の指先は主人公の耳元に位置することになる。女性が自分の髪の毛や耳元を触れられても気にならなくなるためには、相手との関係が相当親密でなければならない。

 そしてそのことは、冒頭部の歌詞で既に表現されている。「あなたの」とか「優しい」ではなく、「いつもの」という形容辞を使うことで、関係を重ねた二人だけが得られる「身体的な馴染み感」(肌を合わせた時に感じる「安らぎ」や「懐かしさ」のようなもの)が暗示されているのだ。

・キスしたくなる瞬間(とき)と関係(あいだ)

 また、1番Bメロの「思わずキスした」というフレーズも実にリアルだ。好きな人とキスしたり、キスしたくなったりという経験はおそらく誰もがしたことがあると思うけど、この「思わずキスしたくなる」瞬間というのは、実は限られたケースでのみ生じる現象である。

 すなわち、相手との心理的・身体的な距離が遠い場合、そもそもそうした衝動は生じないか、漠然とした願望にとどまる。逆に、(長く関係を続けるなどして)相手との距離が近すぎる場合も、お互いの関係を確認するための単なる儀礼(ルーティーン)と化したり、性的な快楽のための手段となってしまうケースが多い。

 あの独特のときめきを伴う「思わずキスしたくなる」衝動というのは、相手との心理的・身体的な距離がある一定の閾値内にある時にのみ生じ、おそらく届きそうで届かない瞬間に最大化するのだろう

 実際、この物語の主人公は現在、相手との距離が微妙な時期にいる(以前のようにベッタリと側にいる関係ではなくなったが、かといって二人の仲が冷え切ってしまったわけでもない)。このような微妙な関係にいるからこそ、彼女は相手に「思わずキスした」くなる衝動に駆られたのであろう。その意味で、この部分の歌詞もきわめてリアルな内容を伴っていたと考えられるのである。

 (以下、次号)

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