MARIA4thシングル・レビュー(3) 「ゆらり桜空…」の歌詞について
4thシングル・レビューの第3回目です。今回の記事は、「ゆらり桜空…」の歌詞についてです。
やや長文で思弁的な内容になっていますが、「あなたに…」(MARIAの1stアルバムに収録)と「ゆらり桜空…」の主人公を同一人物と想定して、論を展開しています(主人公になりきって文章を書きました(汗))。
恋愛経験、特に失恋経験のある方なら、何となく分かっていただける内容にはなっていると思います。では、どうぞ。
3 「ゆらり桜空…」の歌詞について
まずは歌詞からみていくことにしよう。詞を読んでいただければお分かりの通り、基本的には「恋愛」がテーマになっている。あゆっぺ曰く、「[恋をしている時に感じる]心の中の変化というか、そういう中で卒業していくようなものを表現しよう」と思ったとのこと(竹内さんによるインタビューより)。
実際、この曲では単なる恋愛以上のものが表現されているように思える。そのあたりの機微を理解していただくための材料として、MARIAの1stアルバムに収録された「あなたに…」(作詞・作曲はあゆか)を、まずは取り上げることにしたい。
3・1 恋に溺れるということ~「あなたに…」の世界~
・姉妹作?
ともにあゆっぺの作品であることもあって、「あなたに…」と「ゆらり桜空…」はよく似ているという印象がある。ともに「恋愛」をテーマにしたミディアム・バラードで、舞衣ちんがソロで切々と歌い上げるスタイルも共通している。「あゆか節」と呼ばれるせつないメロディー・ラインや曲の構成などにも相通じている部分が少なくない。
このように、この二つの作品はいわば「姉妹作」と呼んでもいい関係性にあると思われるわけだが、歌詞に描かれている世界という点で両者は決定的に異なっている。この点について、もう少し細かく見ていくことにしよう。
・閉ざされた一人称の世界
「あなたに…」で歌われているのは、片想いの(少なくとも「50対50」の関係ではない)女の子のモノローグ(独り言)の世界である。一応、彼氏の姿もチラッと詞に登場するのだが(「隣にいるあなたの寝顔」)、その存在は実体性をほとんど持っていない。
そこにあるのは「恋に恋する」という形で閉じられたループを描いている主人公の感情世界である。世界が閉ざされている以上、もはやそこに他者が入り込む余地はない(たとえそれが彼女の恋する相手(「あなた」)であっても!)。
こうした「閉ざされた一人称の世界」に生きていくうちに現実感覚や時間感覚は次第に失われていき、(人を好きになることで)当初色鮮やかだったはずの世界は色彩を失っていく。「恋に溺れていく」とはそういうことである。
おそらく、「あなたに…」の主人公はまだ恋に溺れ始めた初期段階にあるからこそ、「せつなさ」という自己陶酔的で甘美な感覚を味わうことができるのだろう。この曲の美しい旋律がそのことを暗示している。
・ 恋の末期症状(「watch me」の世界)
しかしこの症状がさらに進行すると、そうした甘美な感情に替わって、不安や絶望といったダークな感情が前面に出てくるようになる。当然、経験される世界の色彩もモノトーンの度合いを強めていることだろう。
こうした段階にいる女の子のリアルな心象風景を描いたのが、同じく1stに収録された「watch me」(作詞・作曲はTATTSU)である。この曲のレビューでも触れたように、この段階の苦悩(つまり、恋の末期症状)から解放されるには、相手との関係を断つしかない(詳細はこちらの記事を参照)。
3・2 「ゆらり桜空…」~回復と再生の物語~
・開かれていく主人公の心
「ゆらり桜空…」は、おそらくこうしたつらい別離(わかれ)を経験して独りぼっちになってしまった主人公の心象風景から物語が始まっている。
恋する人を失い「投げやりな日々」を送る主人公にとって世界が「ぼやけて少し色褪せて」見えたのは、これまでの議論からも了解可能であろう。この時点では彼女はまだ「閉ざされたモノトーンの世界」の住人だったのだから。
しかし、桜が舞い散るころ主人公が経験した新たな出逢いによって、彼女の心象は大きな変容を遂げる。春の柔らかい陽射しが凍てついた氷を溶かすように、「あなたの優しさに包まれ」ることによって、主人公の閉ざされた心も少しずつ開かれていったのだろう。それに伴い、彼女の認知する世界も色彩と温かみを取り戻していく。
・時間感覚の回復
取り戻されたのはそれだけではない。まず、自閉化・孤独化の中で失われていた時間感覚が回復される。
「あなたに…」や「watch me」の主人公達は、彼氏への愛情と憎しみ、怒りと悲しみ、せつなさと寂しさといった相反する感情がループするだけの「曖昧な現在」を生きている。そこには、懐かしい過去も明るい未来も存在しない。
これに対して「ゆらり桜空…」は、暗く冷たい過去と温かく彩りを取り戻した現在(そして、少し不安を伴いつつも希望に開かれた未来)の明確な時間の区分がある。世界が開かれることで時間感覚も過去と未来に開かれ、その時間の流れのなかで「現在(いま)」を明確に生きられるようになっているわけである。
・他者に開かれた関係性の回復
また、孤独のなかで主人公が探し求め見失っていたモノも「心に気付かせ」られたとある。
「あなたに…」の主人公は、相手の心を繋ぎ止めておくために「偽りのエガオ」を咲かせていた。こうして「外見」と「本心」のギャップが拡がるにつれて、ますます心は閉ざされていくことになる。他者との関係を維持しようという試み自体が、逆説的なことに自己の内閉化を推し進め、他者を遠ざける結果になってしまったわけである。
一方、「ゆらり桜空…」の主人公は心が開かれるようになった結果、大切な人の前でも「素直でいられる自由」を手に入れた。(彼氏がいても)「ヒトリ」だった世界から「フタリ」の世界、すなわち「他者との関係性に開かれた世界」が回復されたわけである。
3・3 主人公の「卒業」
・《閉ざされた世界》から《開かれた世界》へ
さて、話を冒頭に戻そう。あゆっぺの認識では、この曲は「ちょっと違った感じの卒業の歌」とのことである。では「ゆらり桜空…」の主人公は何から卒業したのか?もうお分かりであろう。「閉ざされたヒトリの世界」からの卒業である。
「あなたに…」の主人公は「あなた[という名の海]に」溺れていても、結局は孤独であった。彼氏に愛されることを望むだけの内閉的・自己愛的な世界といってもよい。おそらく、お互いが相手から「求める」ばかりで、「世界を分かち合う」ということはなかったのだろう。
しかし、「ゆらり桜空…」で描かれている世界は、「私」ではなく「私たち」の世界である。「私とあなたに開かれた世界」と言っても良い。
卒業を広い意味での「成長」と捉えるなら、主人公は間違いなく、世界や他者との関係性のステップを一段上がったことになる。「閉ざされた《私》の世界」から「開かれた《私たち》世界」、《相手(対象)を乞う(欲する)だけの恋の世界》から《互いを分かち合う愛の世界》へのステップアップである。
3・4 あゆかの「卒業」
そして、作品の主人公達と共に作詞家のあゆっぺも「成長/ステップアップ」していることを忘れてはならない。
・表現のレベル・アップ
歌詞の字面だけ見ると、「あなたに…」の方が直接的で生々しく(?)見える(ベッドの隣りに彼氏が眠っているとか、ギュッと抱きしめたくなるとか)。しかし、そこで描かれている世界は、ファンタジーというかどこか作りものっぽいイメージが強い。
一方、「ゆらり桜空…」では、言葉の純度がより上がっており、かなり暗示的な表現もなされているにもかかわらず、描かれている世界は遥かに「リアル」である。例えば、大切な人との出逢いによって目の前の風景も「温かく色づいて」見えてくるあたりなど、誰もが「うんうん」とうなずいてしまうのではないだろうか。
また、感情表現が抑制されている分、かえって主人公の想いが聞き手にストレートに伝わって来ている。「あなたの隣は 不思議なくらい幸せに染まる」など、実に「もののあはれ」を感じさせる表現ではないか(おそらく、現時点でこうした表現ができるのは、メンバーのなかではあゆっぺだけであろう)。
・ストーリー展開の妙
さらに、彼女自身インタビューの中で、「小説を1ページ1ページめくる」ように心の変化を描こうとしたと述べている。
歌詞をお読みいただければ分かるように、1番から2番へと物語が進行するにつれて、描かれている世界もくっきりとした対照性を示すようになっている。つまり、歌詞のストーリー性が増しているわけであるが、それに伴い読み手(聞き手)も歌詞の世界に入り込みやすくなっているように思われる。
実際、ストーリーの進行と共に主人公の心の変化を「我がことのように」感じるようになってしまったという人も少なくないのではないか?そんな様々な効果をこの歌詞は帯びているわけである。
・「作詞家」としての成長
このように、「あなたに…」に比べて「ゆらり桜空…」では、表現の技法という点でも表現されている内容の深みという点でも格段に進歩していることがお分かりいただけたと思う。
しかも、あゆっぺはこれだけの歌詞を約一月という短い間に(それも、上記のように非常に切迫した条件の下で)仕上げてのけたわけである。この半年の間に、彼女が作詞家として一段「ステップアップ」したのは間違いないところであろう。
あるいは、このように言ってもいいかもしれない。あゆっぺは詞の主人公と共に、かつての自分から「卒業」したのだ、と。
3・5 成長物語としての「ゆらり桜空…」
「ゆらり桜空…」が単なる恋愛以上のものを表現していると述べた理由がお分かりいただけたであろうか。そう、この曲はある種の「ビルドゥンクス・ロマン」(成長物語)でもあるのだ。したがって、この曲の真髄を味わうには、曲の世界に入り込んで主人公と共に物語を「生きる」ことが必要なのであろう。
二、三回聞き流すくらいではそれは難しいかもしれない。しかし、何度も聞き込んでいるうちに、次第に主人公の気持ちと一体化できるようになってくるはずである。その時、我々はより深い感動を味わうことができるのだろう。この曲が「するめソング」たる所以である。(注)
(注)MARIAの1stアルバムをお持ちの方は、「あなたに…」→「watch me」→「ゆらり桜空…」の流れで聞き込んでいただきたい。主人公の変化と成長がより実感しやすくなるはずだ。
(以下、次号)
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